【from FJN】 「COVID-19とファブシティ」- 田中 浩也

3Dプリンタとフェイスシールド

 

2020年の3月から夏頃までにかけて、数多くのファブラボで、感染予防の3Dプリント製フェイスシールドの生産が行われ、同じ地域の病院や医療機関へ届けられた。私もまた、知り合いの看護師と連携を図ったり、全国の聾学校向けの3Dプリントフェイスシールド制作に参加する機会を得た。

020年6月29日 京都府立聾学校への寄贈の様子 (プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社(P&G)、慶應義塾大学田中浩也研究室、エス.ラボ株式会社、丹青社、ナノダックス株式会社、テラサイクルジャパン合同会社)

慶應義塾大学の私のラボでは、こうした活動がいったん落ち着きを見せた時期に、活動の実態を把握し後世に残す目的でアンケート調査を行い、先ごろ下記にその結果を一般に公表した(青木まゆみ特任助教がアンケートと分析を担当)。

調査の結果、今回もっとも「改変」が行われた3Dデータが、ファブラボ平塚主宰で神奈川大学の道用先生による「Doyo Model」だったことが分かった。そして「何を改変したのか」というポイントを、機能性、意匠性、生産性、装着性の4項目で整理して図化するなどの試みによって、オープンデザインの多様な営みが浮かび上がってきた。詳しい分析結果はサイトに譲るが、「有事において」、「世界とつながりながら」「地域で」「迅速に」ものづくりをする手段としての、デジタル・ファブリケーションの有効性は、確認できたように思う。2011年、東日本大震災直後に始まった日本のファブラボのことを思い返せば、この約10年の差異が良くとらえられる。

他方、家庭用の3Dプリンタでは、柔らかく煮沸消毒も可能なPP(ポリプロピレン)などの樹脂を安価に扱うことはまだできていない。3Dデータの流通可能性が飛躍的に高まったことに反して、ローカルでの材料の入手可能性にはまだまだ検討の余地があることも分かった(注:ナノダックス社のMagicXなどのPPフィラメントは市販されている)。これはファブラボではなく3Dプリンタ技術の問題ではあるが、今後の取り組みが必要な分野であるように思う(ファブラボ品川が12月に開催した「樹脂会」オンラインイベントは、その第一弾としてとても有益だった)。

2.市民参加型データ社会

さて夏以降は、リモートワークが進むにつれて、『「身近なまち」をよく知るようになった』という地域の人々の声を、多く聞くようになった。それは誰よりも私自身が実感していたことでもある。大学と自宅の往復、そして国内出張、海外出張ばかりだった忙しい生活が一変し、家の近辺をくまなく散歩するようになり(コロナ太り対策のダイエットの意味もあって)、以前よりもその細やかな地形や、自然の風景、季節の変化を楽しめるようになった。

鎌倉では、観光客は減ったかもしれないが、地域のつながりはむしろ強まっていった。そして、多くの人が、「自分が気づいたまちの姿」について、人と語り合いたい、シェアしたいという思いを抱いているように感じられた。

そのような経験をもとに企画したのが「データウォーク@かまくら」というイベントである。鎌倉市、慶応大学、株式会社No Nu Folk Studio、ラピセラ株式会社、ファブラボ鎌倉、HATSU鎌倉が連携して、3Dプリントされたシューズを履いて地域を歩きながら、シューズの底に埋め込まれたセンサで一人一人の歩容データを採取し、そのデータを見ながら「まち」について語り合う会合を、市民を交えて行った(浅野義弘研究員がワークショップのメイン担当)。

この原稿を書いている時点では第1回が終わったばかりで、第2回に向け、今度は参加者ひとりひとりにぴったりフィットする3Dプリント靴の制作を始めたところだ。この3Dプリント靴は、一種類の素材だけで接着剤を使うことなく組み立てられるように設計されており、ワークショップ後に回収すれば、また粉砕して材料に戻し、リサイクルをすることもできる(増田恒夫助教が3Dプリント靴制作のメイン担当)。

総じて、社会は「デジタル化」と「資源循環(サスティナビリティ)」に向けて大きく変化しているが、これは2つとも、もともと「ファブシティ」のコンセプトで語られてきた「2本柱」である。そして、「デジタル」と「資源循環」を、それぞれ別々に切り離すのではなく、両方をセットにまとめ、かつ市民目線や市民生活を起点とした活動の道筋を提示することこそが、「デジタル・ファブリケーションの民主化」の次に、ファブラボとして10年かけて取り組むべき、一大アジェンダなのではないかと思うようになった。COVID-19を通じて、私はようやくそれを意識することができた。

3.カスタマイズとローカライズ、そして「海のファブシティ」へ

COVID-19はまた、繋がった世界がひとつのウィルスに同じように向き合っていながらも、その対応・対策は、国によって、自治体によって、それぞれ違い、個別のカスタマイズやローカライズが必要である、ということを、すべての人々に強く認識させてくれた。これもまた、世界のファブラボが過去から掲げて来た方向性と一致する。

次の10年の大計を構想するにあたっても、私はやはり自分が住む鎌倉という「まち」を基点に考えたいと思う。ウィズコロナ、アフターコロナ社会にむけて「まち」をカスタマイズしていく流れのなかに、ファブの大切な役割があるのだろうと思うのだ。そして、そこから少しずつ範囲を外側へと広げていきたいとも思う。我々の生活圏は自治体だけに縛られているわけではないし、自然環境はすべて繋がっているのだから。

慶応大学としては、このたび、鎌倉市と「創造みらい都市」包括協定を締結し、さらに藤沢市、鎌倉市、茅ケ崎市、逗子市、寒川町という近隣の5自治体と「湘南みらい都市協定」を締結した。今回参加してもらった神奈川県の5つの自治体に共通しているのは「海に面している」という特性である。

「海」から、新しいテーマがいくつも立ち上がる。海洋プラスチックごみの問題。津波や高波の防災対策の問題。海面温度上昇に伴う魚の生態系の変化。他方、リモート会議が終わったらすぐに海に出ることのできる、豊かなワーケーションエリアとしての可能性(私自身、コロナ禍で何度も海岸に散歩に出かけ、精神のバランスを保つことができた気がする)。

ファブシティは「ものづくりをするまち」のことではない。

これからの新しいまちづくり、都市づくりにおいて、デジタル技術の可能性を活用することで資源循環性を高めていく広い取り組みだ。「海と共に生きる」ことを基軸に、新しいファブシティを構想していくこと。長く時間がかかったが、ようやくその気持ちが固まり、再びスタートラインに立つことのできた一年だった。

ファブラボ鎌倉からもうすぐ10年。いよいよファブシティ鎌倉が始まる。

 

田中 浩也

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